ベンチャーキャピタルのリターンはなぜ偏るか?

ともすれば集団の特徴を一つの平均で総べようとするのが人間で、とかくベンチャーとはこういうもの、ファンドとはこうと結論付ける傾向がある。現実の複雑さと多種多様はわかっているにもかかわらず。
ベンチャー投資が「一か八か」と皮肉られるように、我々はその成果が偏在することを知っている。論理的に言えば、投資先企業の業績は多様となるにしても、IPOが実現する企業はごく一部の業績上位企業に限られる。M&Aによる市場外の売却は実現しているけれども、VCファンドの管理資産の中で得られる利益の大半はIPOが実現した企業を市場売却することによる回収額にある。すなわち、株式を公開できるかどうかで投資先からの回収額は段違いの差となる。さらには、IPO企業の企業価値も偏っている。
したがって、多数のポートフォリオ企業の一部がIPOを実現して回収額を実現し、かつそれらIPO企業の一部が他のIPO企業より多額の回収額を実現するために、ファンドにおいては特定のホームラン案件を生み出せるか否かによってパフォーマンスが大きく異なるという図式になる。
事実、アメリカのファンド収益率の標準偏差を年代別にみていくと、改めてそれが確認できる。特に、1990年代前半に設立されたファンドにおけるIRRの標準偏差は50%から100%という高い数値(!)を示しており、当時設立されたファンドは成績上位1/4のファンドの平均IRRが60%を越える一方で、下位1/4の平均は一桁という分布状況である。これだけの標準偏差が生じているということは、とりもなおさずファンド出資者にとって成績変動のリスクを意味している。ファンド出資者は、受動的な出資態度ではなく、高業績を上げられるVCファンドを積極的に選定しなければ期待するリターンが得られず、綿密な調査や選別作業が必要であることを意味している。(日本のVCファンドのパフォーマンス分布については、また後日述べる。)
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American Research and Development(ARD)は1946年にボストンに設立されたアメリカ最初のVCであるが、同社が26年間で得た利益の半分はDECの売却益であったとされており 、1社の投資だけで長年の事業の成否が分かれたのである。
ここで、シリコンバレーのVC発展に初期から貢献した名門であるKleiner Perkins Caufield & Byers(KPCB)について、最初のファンドを簡単にケーススタディしてみる。
同社は1972年にKleiner Perkins 1号(出資総額800万ドル)を設立した。Kleiner Perkins1号は17社のベンチャー企業に投資されたが、投資価値が約2億2000万ドル(出資総額の27倍)に増加したという伝説的な成功例である。通常、個別のVCファンドの財務資料は入手できないが、たまたま古い米書にKleiner Perkins 1号の投資先リストが示されていたのをみつけたので分析してみた。
このファンドが得た投資価値総額のうち、Tandem Computers(我々の世代では有名なノンストップ・コンピュータの会社)が69.7%、Genentech(これも有名な最初のバイオベンチャーの成功例)が21.5%を占め、結果として投資先17社中2社だけで大成功を収めていることがわかる。しかし、このポートフォリオから試算してみると、17社のうち7社が投資元本を回収できなかった失敗案件、2社が投資倍率が1〜2倍であり、仮に上記2社の大成功がなければ、ファンド全体としては投資倍率2.4倍という平凡なリターン(それでも成功といえるが)となる(下の表)。

このような過去の歴史的成果は、ベンチャーキャピタルの行動様式に強い影響を与えている。当然、VCのプロフェッショナル達は熟知しており、高いリターンを追求するためには打率(投資先中のIPO企業の割合)もさることながら、いかにIPOで高い価値を実現できる数少ない大成功案件を創出するかに注力している。これが「スーパー・ディ−ル指向」である。

ベンチャー、ベンチャーキャピタルの情報データベース

未公開企業やベンチャーキャピタルに関する情報蓄積やデータベースが必要で、それが業界発展に資するという指摘も出ている。國學院大學の秦信行先生は、「望まれるVC投資データの整備」というコラムを寄稿されている。
確かに、日本ではベンチャー企業ベンチャーキャピタルとも、使いやすく有益で便利なサイトがないようだ(要求水準が高すぎる?)。しかし、個別の企業・ファンド財務情報を入手するのは当該企業の立場からすれば、公表することはまず望まず、データを集めて整備するのは公開企業のようにはいかない。
理由がよくわかっていないが、アメリカはここ2-3年で無料の情報サイトが発展している。筆者が調査で使っているデータベースだけであるが、以下で紹介したい。全体としては、広く多数の会員が個々の情報を持ち寄って無報酬で情報データを構築するWikipedia Styleを取っており、サイト運営者が自分等で情報収集していないケースがほとんどである。無報酬でデータ情報を提供するインセンティブがどこにあるのかは不明であり、また当然無報酬だけに情報の正確性は保証されていない。
(1)CrunchBase
・Venture、Venture Vapital、Entrepreneur、Angelに関する情報サイト。
・Tech Crunch(ハイテク情報メディア、本社サンフランシスコ、9月にAOLが買収)が運営。
・例えば、Twitterは当然未公開企業で財務情報は同社から公表されていないが、CrunchBaseのこのサイトで増資実績、出資者、時価評価額、買収実績ほかを見ることができる。
・また、ベンチャーキャピタルについてこのサイトをみると、Sequoia Capitalの投資状況やファンド設立状況が個別に掲載されている。さすがに個別のファンド・パフォーマンスは出ていない。
・面白いのは、主だったAngelについての情報が豊富であること。例えばネット関連のAngel投資家で名をはせているReid HoffmanPayPal→LinedInのCEO→Greylock Partners)の投資先をここで見ることができる。
(2)VentureBeat
・(1)と同様に、Venture、Venture Vapitalに関する情報サイト。
・例えば、最近DeNAが買収を発表したngmocoについては、このサイトで増資実績、出資者、時価評価額、買収実績ほかを見ることができる。
・また、User Opinions:Bulls vs. Bearsという項目で読者の企業評価投票をやっており、この評価が専門家レベルのコメントもありなかなかの内容である。
・VCに関する情報データは上記のCrunchBaseに比べると今一つの印象である。
(3)PEHUB
・トムソンロイターの運営する未公開ベンチャー、VC、PEの情報交流サイト。各地の専門家・ブロガーを集めて情報を書き込ませ、それをPEHUBが編集・配信するデータベースの方式。
・基本情報は無料だが、詳細な情報・ニュース・データ類は有料方式(個人の場合は年195ドル)。

そのほか、有料の情報サイトであればThomson RoutersやFund Advisor機関が投資企業向けに高い会員料で洗練された情報やデータベースを提供しているが、以上では無料サイトに限って説明した。

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ベンチャーキャピタル・ファンドのパフォーマンス・データは、NVCA(米国ベンチャーキャピタル協会)が加盟するVCの全運営ファンドについて、リターンに関するデータを四半期毎に集計して平均値と中央値を公表しているが、個別ファンドの情報は公開していない。
しかし、個別ファンドのパフォーマンス情報も、主だったものは入手できる。これは、VCファンドの大口投資家のうち年金基金や大学等の公的機関がVCファンドの個別運用成績の開示である。開示の理由は、個別ファンドの情報開示について、2002年から2005年にかけて関与者から非開示を連邦情報公開法の違反として提訴される事例が出てきたことが背景にある。これら一連の訴訟において提訴者との間で合意が成立した結果、以降は公的機関の投資した個別ファンドのパフォーマンスが運用報告書やインターネットのサイトで定期的に開示されるようになっている。この経緯や個別パフォーナンスの内容については後日記載することとしたい。

ベンチャーキャピタルファンドにIRRは不向き?

職業柄、金融商品のパフォーマンス測定を長年やってきたが、あまり考えもせず慣習的にIRRを使っていた。VCでファンドパフォーマンス測定作業をやったが、どうも問題が多すぎると思っていた。運用が終わったファンドは良いが、運用中で残存資産があるファンドはResidual Value(残存価値、RV)の評価が合理的とは言えないし、そもそもファンド出資者にとって金になってない価値であるからだ。
以下は、問題と対策を簡単に問題を整理してみた。

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金融商品の運用パフォーマンス測定には、期間と収益の双方を加味して収益率を測定できるIRR(内部収益率)が用いられることが多い。VC産業においても、これまでファンドのパフォーマンス分析に用いられてきた。
IRRは、実現したキャッシュイン(VCファンドの場合はファンド出資者がファンド運用者から受ける分配金額(略称:D)、測定期間末時点における残存価値(VCファンドの場合は測定期間末においてGPが時価評価した運用資産価値、略称:RV)と、初期資本(LPの払込済出資額、略称:PI)および測定期間によって数値が決まるが、上記の二番目である残存価値については、VCファンドは将来価値が流動的な未公開株式がファンド残存価値の大半であり、すべてが納得できる合理的な未公開株式の時価評価は困難であり、ファンド運用者であるVCが監査法人と協議の上で基本的な時価評価基準を設けて残存価値を決定しているのが実態である。
すなわち、VCファンドの投資家(LP)からみれば、残存価値が変動的である以上、確実性のある尺度を求めることになり、これに対応してVCファンドの調査会社では、分配額対出資倍率(D/PI)、残存価値対出資倍率(RV/PI)をIRRと並行してファンド・パフォーマンス測定に用いるようになっている。
NVCAは、2009年4月からCambridge Associatesと共同で、D/PI、RV/PIの投資倍率をファンド・パフォーマンス測定に採用している。これは、VCファンドでリビングデッド投資先の残存価値がパフォーマンスに少なからず影響を与えているのに対してIRRによる計測法はそれらが反映されないという指摘に対応したものと言われている(筆者のNVCAヒアリングによる)。
下の図は、筆者が測定したNVCA会員のVCの全ファンドにおける平均(Pooled Mean)でのIRRと、(D+RV)/PI、D/PIをみたものである。容易に把握できると思うが、運用が終了した1998年までのVCファンドではIRRと投資倍率は同じ動きだが、1999年以降設立のファンドはまだ残存資産があるために、両者の動きは一致しない。Dがほとんど計上されていないが、RVがあるからIRRが大幅なマイナスになっていない。これは何を意味するのかは想像できるであろう。
要するに、実務的には、運用が終わっておらず残存価値が確定していない10年未満のファンドは、むしろ投資倍率を重視してIRRはサブで併用するほうが運用成果(現実のリターン)を把握できる。VC産業でIRRを絶対視するのは詰めが甘いと言え、ファンド投資家は自分でデータを入手して多様な手法で計測したほうが良いと思う。
 

世界級ベンチャーの企業リスト:The World's Most Innovative Companies

日経新聞が今朝の朝刊で、「育たぬ世界級ベンチャー」という記事を書いていたので、調べてみました。
以下は、米Fast Company社が今年2月に発表した"The World's Most Innovative Companies 2010"の50社。50社のうち、アメリカ38社、中国4社(5、16、29、42位)、インド2社(22、39位)、台湾1社(31位)、韓国1社(36位)、ドイツ1社(40位)、日本1社(41位)、オランダ1社(44位)、フランス1社(45位)。日本は、柳井社長のファーストリテイリングが41位に入っていますが、中国企業が躍進という、いつもながらの結果です。DeNAが買収を発表したNgmocoがラインクインしていますが、その他は日本では知られていない企業が半分以上ではないでしょうか。ただし、このメディアは新興企業を主な取材対象としており、成長や新機軸という視点に重きを置いています。
(注:下表の各50社にはFast Companyの記事リンクを張っています。はてなのブログは表が作りにくく、見やすくなくてすみません。) 

Is the Venture Capital Model Broken?

今年の春に、アメリカのVC研究をリードする二人が論文を書いており、"Is the Venture Capital Model Broken?"(ベンチャーキャピタルは機能しなくなったのか?)というテーマで論じている。
Kaplan(シカゴ・ビジネススクール)とLerner(ハーバード・ビジネススクール)の両教授による"It Ain’t Broke: The Past, Present, and Future of Venture Capital"という論文。題名に"ain't"とあるが古い英語の諺の引用で、"If it ain't broke, don't fix it"。壊れていないものを修理するな、機能しているものをを下手にいじるとかえって問題が生じる、という意味。

ここで両氏が論じている点は、「アメリカのVCファンドは低調であるが、壊れているわけではない。歴史的にアメリカの成長エンジンの一つであることは間違いなく、調整が終われば復活する。」ということ。もっとも、"not broken"とあえて書くほどに、米国内では「VC、壊れているんじゃないのか?」という否定意見が少なくないのである(例としては6/29/2009のWSJの記事。このあたりの論戦については5/22/2010の本ブログで書いています)。

トップクラスの研究者が展開する難しい論文より、こちらのKaplan先生のコラム(論文の要約解説)を読んだほうがわかりやすい。
要点は以下の5つである。

  1. ベンチャーキャピタルは、資金のない起業家ベンチャーと投資家をつなぐ重要な機能を持ち、過去現在未来とも変わらない。
  2. 1998年以降に設立されたVCファンドの絶対リターンは下がっている。しかしVCファンドを上場株式運用を比べた場合、1997-99年設立ファンドの相対的な利益率リターンは大きく下がっておらず、1980年代よりも相対的利益率は高い。また最近は改善傾向がみられる。
  3. 巨大化したVCファンドサイズは問題がある。Lerner他の分析によると、500$M以上で設立されたVCファンドはリターンが悪化する傾向にある。
  4. VC投資先のIPOの停滞が続くという意見があるが、両氏はIPOは回復すると考えている。
  5. VC投資が国全体のR&D活動を効率化する構造にあり、企業は自社のR&D(企業の研究所)よりもオープン・イノベーションを取り入れるようになっており、ここにVC投資の意義がある。

こうしたテーマの議論は、両論戦わして広がってほしいものだが、上の2.にある「VCファンドのリタ−ンは株式運用との相対比較では下がっていない」という分析に注目したい。両氏は、PME(public market equivalent、株式市場との比較係数)という指標を作成(Kaplan and Schoar(2005)、"Private equity performance: returns, persistence and capital flows")しているが、この論文では1995年設立ファンドまでしかPMEを計測していない。したがって、問題となっている1999年以降のVCファンド(現在ファンド満期を迎えた、あるいは迎えつつあるファンド)のPMEを測定していない。そこで、筆者が(ラフではあるが)1999年までの10年投資倍率についてのVCファンドと上場株式(S&P 500指数)の比較指数=PMEを作成してみたのが下図である。

図のように、VCファンドは1992〜96年設立のものが投資倍率(絶対値)は高いが、1997年以降は大きく低下している。また、株価が上がっていた2000年頃までを反映して、上場株式については1980年代後半が10年投資倍率が高いが、21世紀になって株価が上がっていないので1990年代の上場株式への投資倍率は低下している。この結果、上記を分子/分母に取ったPMEは、1990年代半ばが高く、1998-99年は低下してはいるものの1980年代より高い水準にある。すなわち、上場株投資商品との比較でいえば、1998-99年物のVCファンドは「さほど損な金融商品ではない」ということである。
確かに、上場株と比較すればリターンが絶対低いとは言えないが、さりながら10年固定で投資していてマイナスという絶対リターンにLPが不満がないわけはないだろう。
2-3年で復活して昔のような30%超のリターンを出すとは思いにくい。かといって15-16兆円もの資産を運用する必要があるのかという論も現状では理屈が通っている。また、もはやVCだけでベンチャー投資を仕切る時代ではない。エンジェルもVCと混ざったものになっているし、PEもVCと競合し、未公開ネット株式取引も発達してIPOの前に取引市場が出来てくる。今後の未公開投資の世界は、さらに複層的で国際的な世界になっていくのではなかろうか。

寂しいのは、VC氷河期の日本でこうしたVCの機能論がなされていないことである。実態はアメリカより厳しいと思うのだが。

(注記)上図、VCファンドの投資倍率における(D+RV)/PI=(分配金+残存価値)/払込額)。数値はLPのネット受取/支払ベース。S&P500への10年投資倍率=投資時のS&P500指数/10年後のS&P500指数。

ベンチャーキャピタリスト「私の履歴書」

1960年代は、アメリカには「ベンチャーキャピタル」という言葉はまだ通用しておらず、"Risk Investment”と呼びすてされることもあった。この時代にハイテク投資に乗り出した第一世代のベンチャーキャピタリスト達は既に90才を過ぎ、世を去った人も少なくない。VCの祖であるAmerican Research and Developmentを創ったGeorges Doriot教授は1987年に、KPCBを創ったEugene Kleiner氏は2003年に逝去されている。
アメリカのVC産業は先端と未来を追うことに躍起になりながらも、その過去の苦闘や失敗にも地道に調査の光を当てており、その隠れた良識と知性が私の尊敬する理由の一つでもある。
その例を、NVCAが行っている"Venture Capitalists Oral History Project"にみることができる。決して規模の大きいものではないが、NVCAの支援のもとでUC Berkeleyの研究者がこつこつと老ベンチャーキャピタリストに綿密かつ的を得たインタビューを実施し、後世に記録を残している。
彼ら第一世代がこの世に残す期間も短く、現存のうちに過去の遍歴を記録に残しておこうという目的でプロジェクトは2008年に始まり、現在は13名の老ベンチャーキャピタリストの記録がインターネットに掲載され、現在も数人のインタビューが進行中であるという。

日本のVC産業も1970年代に勃興して40年が経過するという。これまでにどのような事が起こり、誰が何を起こしてきたのか。IPOや新ビジネスで脚光を浴び、メディアや世間からすさまじい注目でもてはやされつつも後に忘れ去られたベンチャービジネスも少なくなく、世に出ることなく終わった投資案件は無数にある。しかしながら、何かしらの記録に残すことが全くなく、過去を水に流してしまっている日本の実態は残念であると思うのだが。

写真は左から、Thomas Perkins(Hewlett-Packard, co-founder of KPCB)、Arthur Rock(founded Davis & Rock)、Donald ValentineFairchild Semiconductor, National Semiconductor, founded Sequoia Capital)、William Draperfounder with Pitch Johnson of Draper & Johnson Investment Company、founder of Sutter Hill Ventures)、Burgess Jamieson(co-founder of Institutional Venture Associates and Sigma Partners)。

PS:
(1)Tom Perkins氏は2006年に自叙伝的ロマンス小説"Sex and the Single Zillionaire"を書いたことは業界では有名です。数ある女性から一人選ぶのも、投資案件を選ぶのも同一メソッドでしょうか気になります。シリコンバレーのWatanabeさんが同書を解説されています。
(2)日本でこのような史実発掘蓄積の取り組みが全くないわけではなく、日本ベンチャー学会は2009年11月に「対談:創成期のベンチャーキャピタル業界」という座談会を開催しています。