Is the Venture Capital Model Broken?

今年の春に、アメリカのVC研究をリードする二人が論文を書いており、"Is the Venture Capital Model Broken?"(ベンチャーキャピタルは機能しなくなったのか?)というテーマで論じている。
Kaplan(シカゴ・ビジネススクール)とLerner(ハーバード・ビジネススクール)の両教授による"It Ain’t Broke: The Past, Present, and Future of Venture Capital"という論文。題名に"ain't"とあるが古い英語の諺の引用で、"If it ain't broke, don't fix it"。壊れていないものを修理するな、機能しているものをを下手にいじるとかえって問題が生じる、という意味。

ここで両氏が論じている点は、「アメリカのVCファンドは低調であるが、壊れているわけではない。歴史的にアメリカの成長エンジンの一つであることは間違いなく、調整が終われば復活する。」ということ。もっとも、"not broken"とあえて書くほどに、米国内では「VC、壊れているんじゃないのか?」という否定意見が少なくないのである(例としては6/29/2009のWSJの記事。このあたりの論戦については5/22/2010の本ブログで書いています)。

トップクラスの研究者が展開する難しい論文より、こちらのKaplan先生のコラム(論文の要約解説)を読んだほうがわかりやすい。
要点は以下の5つである。

  1. ベンチャーキャピタルは、資金のない起業家ベンチャーと投資家をつなぐ重要な機能を持ち、過去現在未来とも変わらない。
  2. 1998年以降に設立されたVCファンドの絶対リターンは下がっている。しかしVCファンドを上場株式運用を比べた場合、1997-99年設立ファンドの相対的な利益率リターンは大きく下がっておらず、1980年代よりも相対的利益率は高い。また最近は改善傾向がみられる。
  3. 巨大化したVCファンドサイズは問題がある。Lerner他の分析によると、500$M以上で設立されたVCファンドはリターンが悪化する傾向にある。
  4. VC投資先のIPOの停滞が続くという意見があるが、両氏はIPOは回復すると考えている。
  5. VC投資が国全体のR&D活動を効率化する構造にあり、企業は自社のR&D(企業の研究所)よりもオープン・イノベーションを取り入れるようになっており、ここにVC投資の意義がある。

こうしたテーマの議論は、両論戦わして広がってほしいものだが、上の2.にある「VCファンドのリタ−ンは株式運用との相対比較では下がっていない」という分析に注目したい。両氏は、PME(public market equivalent、株式市場との比較係数)という指標を作成(Kaplan and Schoar(2005)、"Private equity performance: returns, persistence and capital flows")しているが、この論文では1995年設立ファンドまでしかPMEを計測していない。したがって、問題となっている1999年以降のVCファンド(現在ファンド満期を迎えた、あるいは迎えつつあるファンド)のPMEを測定していない。そこで、筆者が(ラフではあるが)1999年までの10年投資倍率についてのVCファンドと上場株式(S&P 500指数)の比較指数=PMEを作成してみたのが下図である。

図のように、VCファンドは1992〜96年設立のものが投資倍率(絶対値)は高いが、1997年以降は大きく低下している。また、株価が上がっていた2000年頃までを反映して、上場株式については1980年代後半が10年投資倍率が高いが、21世紀になって株価が上がっていないので1990年代の上場株式への投資倍率は低下している。この結果、上記を分子/分母に取ったPMEは、1990年代半ばが高く、1998-99年は低下してはいるものの1980年代より高い水準にある。すなわち、上場株投資商品との比較でいえば、1998-99年物のVCファンドは「さほど損な金融商品ではない」ということである。
確かに、上場株と比較すればリターンが絶対低いとは言えないが、さりながら10年固定で投資していてマイナスという絶対リターンにLPが不満がないわけはないだろう。
2-3年で復活して昔のような30%超のリターンを出すとは思いにくい。かといって15-16兆円もの資産を運用する必要があるのかという論も現状では理屈が通っている。また、もはやVCだけでベンチャー投資を仕切る時代ではない。エンジェルもVCと混ざったものになっているし、PEもVCと競合し、未公開ネット株式取引も発達してIPOの前に取引市場が出来てくる。今後の未公開投資の世界は、さらに複層的で国際的な世界になっていくのではなかろうか。

寂しいのは、VC氷河期の日本でこうしたVCの機能論がなされていないことである。実態はアメリカより厳しいと思うのだが。

(注記)上図、VCファンドの投資倍率における(D+RV)/PI=(分配金+残存価値)/払込額)。数値はLPのネット受取/支払ベース。S&P500への10年投資倍率=投資時のS&P500指数/10年後のS&P500指数。